わたしは昔っから「母の日」「父の日」が心の底からキライでした。
何のためにある日なのか。
わたしにとっては自分の心に嘘をつかなきゃいけない最悪の日です。
2019年4月、毒親とは絶縁しましたので、去年から送らなくても良くなりました。
先日「母の日」が終わったので、
毎年苦痛になる「母の日」についてなぜそこまでキライだったのか
ということを書きたいとおもいます。
母の日はどんな日?
そもそも「母の日」とは、母親に感謝の気持ちを改めて示す日です。
まず、わたしは親に感謝などしていない。
恨み、恐怖、罪悪感、暴力、脅迫、治らない難病など、数々のネガティブな要素を与えてくれた親に感謝の「か」の字すらありません。
親は「親の責任」を子どもであるわたしに押し付けながら、世間体のためだけににそれなりに「親の仕事」をしてきた
「お前のせいだろ!!」
「お前がわるい!!」
「何様だと思ってるんだ!!」
「してやってんだぞ!!」
「感謝しろ!!」
わたしが産まれたことによって親に迷惑をかけているという罪悪感。
わたしは長い間「死にたい」「親を殺してやりたい」
以外に何も考えられませんでした。
しかし、いつもどこかで
「お前らが勝手に産んだんだろうが。親の責任を押し付けやがって。責任も持てないのに産みやがるな。親ヅラしやがって」
親の世間体のためにだけ(飾りのようなもの)に生きてるだけで
生きている心地がまったくしませんでした。
わたしは生まれてこなければよかった。
罪悪感と死にたい気持ちで埋め尽くされ、それでも生きているわたしの使命は
「親の幸せな家庭像を暴力を受けながら、強制されながら一生懸命演じること」
毎日の食事・布団・着替え・高校まで学校も行かせてくれました。
しかし、それ以上に難病が発生するほど毒親から精神的な苦痛を虐げられました。

わたしにとっての母の日はどんな日だったか
わたしは、精神的暴力・身体的暴力を親から幾度となく受けていましたので、
「親に感謝する」という気持ちが1ミリもありません。
しかしそんな親に「感謝を強要」されていましたので
感謝をしなければいけませんでした。
でないとひどい目に遭うからです。
親の「世間体のため」だけに、わたしの気持ちや感情すらも強制され支配されました。
なので、「母の日」に感謝しなければ恐怖や罪悪感に駆られる地獄の日でした。
すごく嫌だけど、形だけ「感謝」しとけばいいのです。
もちろん「父の日」も。
当日の日のわたしは決まって心にもない「おかあさん、いつもありがとう」と笑顔を作って言い、プレゼントも用意して渡しました。
渾身の演技で。
それは嘘だろうが偽りだろうが絶対にしなければいけないこと。
「平和で幸せな家族を演じるための確認と強制感謝の儀式」の日でした。
「母の日」の母親の反応
プレゼントを手渡したし「ありがとう」と敢えて言ってみせましが、当の母親の反応はいつもそっけないものでした。
喜ぶフリはしましたが、フリであることはわかります。
「このプレゼントはダメだたのかな?」
洋服など奮発してプレゼントをしても一度も身につけず「なんであげたのに、着てくれないんだろう・・やっぱり私がなにをしたって嬉しくないよね。」
と顔色を伺っていました。
そもそも、毒母はモラハラ毒父に身も心も授けロボ化していましたので、
「欲しいもの」が全く見えませんでした。
しかし、毒母を悲しませてはいけないことは必須。
だから一生懸命プレゼントを探し選んでいました。
毒母にとっての「母の日」とは別になんの意味もない日だったと思います。
全然喜ばないわりに弟からもらったプレゼントに対しては心から喜んでいました。
「これ、母の日にもらったんだ♡」とわたしにひけらかすように言いました。
弟はわたしとはちがい、人として扱われていました。
尊重もしていましたし、愛していたんだとおもいます。
「母の日」がなくなった今
わたしは、クソ最低な親にクソ最低なやり方で捨てられました。

しかし、わたしがずっとずっと長い間望んでいたことです。
親がクソ最低な人間なのはすごく残念におもいます。
だけど、やっと「しなければいけない」「しなければ恐怖や罪悪感でいっぱいになる」という思いから解放されました。
感謝できないのはしょうがないのです。
親に感謝できない人は感謝できない理由があります。
それは感謝できない人が悪いのではありません。
なので、「自分がわるい」などと思う必要は全く要りません。
1ミリも要りません。
それは、
毒親が自分の子どもに「しちゃいけないこと」をしたからです。
毒親に100パーセント原因があるからです。
悲しくなる「母の日」でもうれしい「母の日」
だけど、やっぱりどこかで「親に感謝できない自分は最低だ」とおもっている自分もいます。
そのせいで、絶縁した今でも「生きづらい」と思うことが多々あります。
心から「おかあさん、ありがとう」と言える人間になりたかったです。
今思えばわたしは母親から感謝された日などあったんでしょうか。
親から愛されたいとずっとずっと思っていたのかもしれません。
わたしはこの日子供から「ママいつもありがとう」といって大きなマンゴーを長男からもらいました。
わたしは、自分の誕生日や「ママにあげる」といって似顔絵など描いて渡してくれますが、子供からのプレゼントは本当にうれしいです。
心の底から「ありがとう!!」と言えます。
マンゴーはみんなで食べました。
絶望・苦痛にも負けることなく、感謝する気持ちが持てること
わたしは自分の子供にとても感謝しています。
