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#7 モラハラの怒りの原因は被害者のせいではない

モラハラ毒父は自分が行う精神的暴力、身体的暴力は「お前が悪いからだ!」「おまえのせいでこうなるんだ!」と被害者に責任があると責め立てます。

それどころが、「おまえのせいで暴力を振るったことをずっと後悔してるんだぞ!!」と暴力を後悔させたことまで被害者のせいにし、償いを要求します。

モラハラ毒父は親から暴力を受けたため、常に怒りを溜め込んでいます。

ちょっとしたきっかけを機に「待っていました」と充電した怒りを爆発させます。

モラハラの怒りの原因は被害者のせいでもなんでもありません!!!!!

ひん曲がった人生を選んだモラハラに全責任があります。

モラハラは怒りをぶちまけ、人を傷つけ罵ることが快感なのです。

しかもそれが本来守るべき家族に向けられるのです。

家族だったら「こんな自分を許してもらえる」という前提で行います。

モラハラは隠蔽された空間で秘密の中に閉じ込められ行われます。

ありえないような暴力を繰り返し、責任を人に擦り付けるので本当にたちが悪いですよね。

モラハラは、わざと相手に精神的暴力・嫌がらせをして挑発をし、相手が腹が立つように仕向け相手の腹立たしさや不快に思う気持ちが表に出た時にモラハラが大きくなります。

私は中学生の時にモラハラ毒父から身体的虐待を受けました。

四畳半の狭い部屋で、思春期の私の身体を強引に引きずり、ゴミの様に扱い、身体を持ち上げ重厚な箪笥に向けて全身の力を最大限に引き出し何度もわたしの身体を投げつけました。

モラハラには罪悪感ゼロでいい!とにかく離れることが最善

モラハラはどんなに酷く虐待をし痛めつけても、被害者が必ず戻ってくる前提で精神的暴力や身体的暴力をします。

被害者が戻ってきたら「ほらみろ、戻ってきた」とまた手のひらで転がし被害者の人生を支配し狂わせます。

モラハラとモラハラのもとに戻ってきてしまう被害者は「自分自身をモラハラに完全に支配されている共依存でなりたっているだけの関係」です。

私はずっとモラハラ毒父のやり方が憎くてたまりませんでした。

母親から怒りを抑制するよう指示され、耐えて我慢し、自分を押し殺しました。

モラハラ毒父はメンタルが弱小

モラハラのターゲットとなる被害者は「モラハラ加害者が自分よりも弱い」と思っている人です。

こいつならモラハラをしてもいいだろうという人を選んでいます。

自分のことに同情してくれて、どんな酷いことをしても必ず自分の支配下に戻ると信じているのが選ばれた被害者です。

弱いものいじめが得意なモラハラですが、モラハラ本人は弱小のミジンコメンタルの持ち主です。

モラハラ毒父は、何を恐れているのかわかりませんが、寝室には金属製のバットが置いてあります。笑

とにかくかわいくてしょうがない自分自身を守ることに必死です。

自分は被害者に対し無残に痛めつけるクセに、自分は少しでも傷つくのがイヤなのです。

被害者の「生きづらさ」はモラハラが原因

そもそも虐待をする毒親にたいして、許せますか?

もう過去のことだからと笑って幸せなフリをすることに限界を感じていました。

物理的に離れてから14年の歳月が経ちますが、ここに来て過去のトラウマが現実問題で毒親を批判するつもりは全くなく、精神的にしんどいので、距離をおいて欲しいと伝えたまでです。

そしたら反省のカケラもないどころか、再び精神的暴力を受けることになったのです。

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親に対する罪悪感はなくていい

そのメッセージを受けた毒親は「育ててやったのに」「産んでもらったことに感謝しろ」と「恩を仇で返しやがって」と思っていることでしょう。

だけど、自分たちが子供をつくり子供を育てることは親なら当然のことです。

恩は加害者が決めるのもではありません。

受け取った被害者が、毒親の日々の言動を見て評価します。

それを「感謝しろ」と強要するのはおかしいですよね。

むしろムリがあります。

「親を大事にできなかった」「老後の面倒をみない自分は親不孝者」など、被害者は毒親に対して罪悪感や義務感を覚える必要はありません。

大事なことは自分の人生そのものなのです。

人生をモラハラに狂わされてはいけません。

虐待を許せないのは被害者のせいではない

私は長いあいだ「許せない」自分はダメな人間なんだと思いました。

許す努力もしました。

「鏡の法則」を書店で立ち読みし、それでも許せない自分を責め書店で泣きました。

許そうと思うほど辛くて苦しくなります。

生きてる実感がわかないほど精神的に追い詰められうつを患い、それにも気づかずモラハラを続けた毒父を許せる訳ありませんよね。

許せないという感情は被害者の自然な感情なのです。

許せない被害者に罪悪感は全く感じる必要はありません。

モラハラがいいたいのはお金のこと

モラハラは悪質な毒親だったということがはっきりとわかるのが、自分が親になったときです。

子供が成長するとともに、子供のときの私がすぐそばにいます。

すると、トラウマが出現します。

精神的虐待、身体的虐待で子供にどれだけ自分がえらい存在なのかを示すために激高し見下し、罵りよくあんなひどいことできたなと思います。

モラハラがよくいう「てめえ、何様のつもりだ」とは、
食事、家、養育費、その他もろもろの費用を稼いでいる自分のこと最大限に評価することを強要し、モラハラに従わなければひどい目にあうという警告です。

要は、お金のありがたみのことを言っています。

モラハラが、絶縁状を突きつけたときに「わたしが買い与えたものは返さなくて結構です」とお金のことをいっていますよね。

本当は、「今まで払った金を返せ」と言いたいところだろうと思いますが、ここは自分が被害者になるために一歩譲るというところでしょう。

じゃなきゃ、わざわざその言葉は出てきません。

いいますか?普通・・

私は子供には言えません。言えないと思えることで安堵します。

毒親は許さなくていい

正直自分の親がこんなんで、恥ずかしいと思っています。

だけど、そんな恥ずかしい親をかばう必要は全くありません。

モラハラは治りません。残念ながらエンドレスです。

こんなモラハラ毒父を世間に公開する私を冷たい目で見るかもしれません。

だけど、そんなことは関係ありません。

私一人では、耐えられない出来事だったのです。

こういう親もいるんです。

自然と許せるときがくるかもしれません。

許すことがムリだと思ったらムリなのです。