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親に愛情を与えられなかったからすべてを包み込む自分の親になる

自己愛性人格障害のモラハラ毒父は、外面はいつも必要以上ににこやかに笑い一見人あたりは良さそうに見えるのですが、こちらの言ったことを全く理解してないので、子供の考えなどというものはゴミのようなものであり、モラハラ毒父のルールにそぐわないことをすると敵対心をむき出しにしてきます。

そしてこじつけがましい言い訳をたくさん並べ、相手を罵り、いかに自分が正しいかを主張し、怒鳴り散らし相手をコントロールし、罪悪感を埋め込みます。

相手が自分より強そうだと感じたら、よわ弱そうな声を出して自分を憐れむような態度をとりますが、心の中では相手を憎み支配します。

自分とは違う考えを持った人とは全く共感することができず、自分が中心にならないと気がすまないのです。

そのためにはどんな手段を使ってでも強引に理解不能な自己主張をします。

モラハラ毒父は家庭という名のモラハラ王国を築くことに必死なのです。

モラハラ毒父に対する違和感を常に感じ、支配下に置かれることを拒む私は、長い間モラハラの被害にあい苦しみ続け地獄の日々を送りました。

子供のためではなく自分のため

子供のためを思ってと、正々堂々と言いますが、子供の存在を自分のストレスの発散のはけ口にしたり、子供の人権の尊重を全くせず、思い通りにコントロールしたり、コントロールができないと精神的屈辱、身体的暴力をします。

これらのことすべてを無力で抵抗できない子供の責任に押し付けます。

こういった行動はモラハラ毒父自身を最大限に守るためであり、決して子供のためではありません。

自分中心に考え、子供を自分の「所有物」のように扱うモラハラ毒親は、自己愛性人格障害者です。

モラハラと言い争ってはいけない

モラハラ毒親はあらゆる方法でターゲットである被害者を利用しコントロールしようとしてきます。

暴言を吐いたり、最も嫌がる言い方を巧みに使用します。

心をボロボロに破壊するので、この才能だけは一流です。

このような暴言を吐かれ、到底理解できないような言動は誰でもカッとなり怒りと悲しみの渦に巻き込まれます。

私は、モラハラ毒父にはずっと殺意を持っていました。

しかし、熱くなって言い返すことはモラハラを加速させます。

言い争うことでモラハラ毒親は相手のことを理解することは永遠にありません。

言い争ってお互いが最終的に納得できたことは少なくとも私は一度もありません。

押しつぶされて、破壊されて終わりです。

モラハラ毒父は、相手を打ち負かすまで手を緩めません。

打ち負かして、ずたずたに魂を切り裂き、傷つき、恐怖に怯える私を見て嘲笑います。

してやったりな感じで、ふんぞり返りさぞかしストレス発散になったでしょう。

どんなに正論で戦っても議論をすり替え、人格を否定しボロボロにします。

このようにして私は何度も心を切り裂かれました。

このような毒親を別名「魂の殺人者」と呼ぶそうですが、まさにそれです。

言い争うことは時間とエネルギーを無駄に消費するだけです。

本当に無駄です。

言い争いになりそうになったら、その場から有無を言わずして離れるが一番の有効方法です。

モラハラとは接触機会を減らす

自己中心的でずる賢いモラハラの対処法は、とにかく物理的にも精神的にも離れることが一番有力です。

会話をしていても、モラハラ毒父の言動をみているので説得力もなければ得るものもなにもありません。

疲れ切って、時間がムダなだけです。

長らくモラハラ毒父と関わってきましたが、もっと早くに接触機会を減らすべきだったと思います。

他人ならまだいいですが、親ともなるととても厄介。

無理して何かをしようと思わないでください。

まあ、私は頭が悪い方だったので一生懸命理解してもらおうとしましたが、そう思わないことです。

モラハラ毒父が許せない・キライだと思ったらそれはモラハラ毒父から受けた数々の暴力で受け取った正直な感情なのです。

ムダな労力を消費するだけで、メリットはありません。

「親不孝者」などと思う必要は全くありません。

そのような暴言を吐く機会を与えないほど接触機会を減らすことが、なによりも大事です。

モラハラと距離を置くことで、大事なエネルギーを吸い取られなくて済みます。

モラハラに正論をいうと加害者扱いされる

「虐待を受けたことで子育てに影響がでるので距離をおいて欲しい」

と自分の思っていることを母親に話したらモラハラ毒父に伝わってしまいました。

今更ですが、なんで母親は毒父にしゃべってしまったんでしょうかね?

私を木っ端微塵にしたかったんでしょうか。→結果的にそうなりました。笑

あのモラハラ毒父が虐待を反省して、謝るなんてことがあるわけがありません。

もう少し母親も考えて欲しいものです。

過去に受けた精神的暴力と身体的暴力のトラウマで精神的に本当に参っていたのです。

しかし、私の思いはどこにも届かず、それどころか再び精神的虐待を受けとても大きなダメージを受けることになりました。

最終的に虐待を受けた私は加害者扱いされ、絶縁を言い渡されました。

正論は逆効果なのです。

いかにモラハラが正しいかを言い出して止まらなくなり、モラハラ毒父の犯罪なすりつけ話オンリー・オンパレードです。

モラハラに正論を言ってみてダメだったらサッと引いて、連絡をスッパリ取らないようにしましょう!!!!!!

モラハラ毒父から思わぬ絶縁で怒り狂いましたが、あとになって逆に安心しました。

これ以上、暴力行為をはたらかないことを願うばかりです。

自己愛と自尊心の決定的な違い

私は無力で何をやってもダメで弱小のメンタルの持ち主でした。

自分のことが大嫌いで、自尊心がゼロもしくはゼロ以下でした。

この世に生まれた意味が長~い長~いあいだ分かりませんでした。

ちょっとしたことですぐに自分を責め、自信が極端になかった自分にムチを打ちながら必死に働くことで心の傷を癒そうとしていました。

子どもが産まれてからみるみる自分のことが好きになり、自信も持てるようになり、対人恐怖を克服し、ガラリと世界が変わり「生きるって楽しい」と30代でようやく思えるようになりました。

しかし子供との時間が増えることが怖く、育休を終えると仕事復帰をしましたが、疲労とストレスで難病の発作が何度もあり入退院を繰り返しました。

入院のたびに1週間の入院期間を無理やり2日に縮めてもらい、退院したら体調も万全でないのにすぐに復帰しました。

負のサイクルです。

だけど今は「そんなに頑張らなくてもいいよー♪」と自分に語りかけています。

子供と関わっているともうひとりの私がいつもそばにいます。

私自身を自分の子供と一緒に抱きしめてあげなきゃと思っています。

自分でいうのもなんですが、私そんなに悪い子供ではありませんでした。

むしろ、顔色を常に伺いビクビクしながら失敗を恐れてなんもできなくて誰の目にも止まらぬよういい子でいましたから。

自分を自分で愛するということは、自尊心を育てるということで自己愛とは違います。

自尊心が高いと、自分を大切にできます。

なにかで失敗してしてしまった、上手にできなかったなど、そういったことがあっても自分を不必要に責めずに、そうゆう自分も受け止めて自分自身でいたわることができます。

反対に自己愛というのは、「失敗する自分なんて認められない!というか、自分に失敗なんてあり得ない!」という思考回路なので、もし失敗しようものなら、それは他者が悪いせいだ!とことになります。

モラルハラスメント加害者によくある自己愛性人格障害は自己愛は高いけど、自尊心はありません。

小さいころから、きちんと親の愛情を受けられなかった私は、自分の全てを包み込む親になって自分自身を労わり愛することが必要だと感じるようになりました。

自己肯定を育む努力です。

毒親育ちってほんと忙しいんですよね。けどこの努力を怠ると自分も毒親街道まっしぐらです。

傷つけられた苦しみや痛みを、自分で癒してあげないといけません。

過去に親に精神的虐待・身体的虐待をされ、数十年経ってもトラウマから抜け出せないという人は誰にも理解してもらえない痛みを癒してあげられるのは自分自身なのです。