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#1 被害妄想が生んだ義母との亀裂

長男(当時5歳)はわたしと同じ持病があります。

わたしの病気が長男に遺伝しました。

その日も長男は発作でかかつつけの病院へ行きました。

発作時はひどい腹痛と嘔吐があるので、栄養補給の点滴と発作を抑制するための血液製剤を投与します。

病院に行ったのは繰り返す嘔吐が収まったころで、点滴が終わるころには長男の体調もだいぶ良くなっていました。

先生は、「本当は一泊入院し様子を見たほうがいい」とのことでしたが、その週は自分の通院や用事などで忙しくパートにも連日行けてなく、次の日は締め処理もあったのでもうパートを休むわけにいかないきませんでした。

入院しないかわりに、明日の朝一で診察を受けるという条件でその日は帰宅しました。

翌朝、私の母親に来てもらい、長男の血液検査を終えるとわたしはすぐ職場に向かいました。

このようなことがあり、数日経ったあとの出来事です。

義母に言われた一言で確信に迫る

義母はたまにうちに来ては子供たちの様子を見に来たり、子供の服を買ってくれたりします。

その日もそんな他愛もない調子で遊びに来ていて、ふいにこんなことを言いました。

「この前大変だったね〜。お母さん(わたしの母親)が「娘が勝手に判断して入院させずに帰ってきた」って言ってたよ」

わたしは、はっとしました。

以前にもわたしが発作でHCU(高度救命救急センター)にいると

「**ちゃんのお母さん「娘がいつも連絡が遅くて・・」って言ってたよ」

といっていたのを思い出しました。

わたしと長男の発作のときはいつも発作が落ち着いてから連絡をします。

まあ、普通ですよね。

とはいっても落ち着くまでの間にも「早く連絡しなきゃ」とよぎり、すぐに連絡できないという罪悪感と、離れていても親の圧力を感じていました。

いつもなら、「ふーん」と気にしないようにしますが、この時は耐えられませんでした。

発作時の救急性を理解せず、わたしではなく義理母に愚痴をこぼす母親に憤りを覚えました。

「長男に入院させず、わたしの都合で勝手に判断して帰ってきたとか、まえにもいつも報告が遅いとか言ってるみたいだけど、もう少し状況を理解してくれるとうれしい」

とLINEでメッセージを送りました。

「誰かにいわれたの?そんなこと思ったこともないし、そんなこと喋ってもいないよ」

こう言われても、信じられません。

病気の発作のたびに、状況を理解できない母親が「報告が遅い」とわたしに精神的なプレッシャーだけ与えるという構造が、我慢できなくなり母親を責める形になりました。

わたしは過去に毒父から受けた精神的暴力・虐待がよみがえり、ひどく苦しくなりました。

「わたしが暴力受けているとき、気持ちよかった?反省とか、謝るとか今までもなかったし、期待してないから大丈夫。いままで精神科にいこうとおもったこと何度かあるけど今回いいきっかけかも。」

すると、母親は「どうしてそういう考え方しかできないの?」とわたしを責めました。

「どうしてそんな考え方しかできないの?」について考えました。

・報告しなければいけない義務

・連絡が後回しになり心配させる罪悪感

・常に親の顔色を伺っていること

・親に対する信頼を寄せていない

このようなことからわたしは母親を責め、母親はわたしを責め失望し悲しみました。

わたしがこんなにも歪んでることに対して、このように責任を押し付けられ、ひどく苦しくなりました。

もう20年以上も前のことです。

誰もが忘れ、わたしはずっと一人で過去の出来事を背負い続けていました。

忘れた振りをしないといけない。だけど絶対に許せない。

という葛藤が20年以上渦巻いていました。

「何十年も辛い思いして、わたしよりも辛い思いをしてきたのに”どうしてそういう考え方しかできないの?”といってごめんなさい」

と返信がありました。

「わたしのほうが辛い思いをしてるけど謝ります」というメッセージです。

わたしの受け取り方ももはや歪んでいますね。

それに、そもそも「ごめんなさい」と謝られても困ります。

確かに母親もモラハラ毒父から多大なる被害を受けていました。

母親もわたし以上の苦しみがあったかもしれません。

「精神的暴力・虐待を許せないのはダメな人間」

これは、母親と毒父の子供(私)に対する教育です。

毒父が「謝りたい」の意味は?

それからぷっつり母親とは連絡をしませんでしたが一週間くらいして母親から電話がありました。

「**ちゃんごめんね。お父さんも謝りたいって言ってるから今週土日のどっちか会えない?
お母さんも、人には言えないようなことお父さんにされてきた。何回も離婚しようと思ったけど、最近だいぶ落ち着いてきたから。」

と、泣きながらわたしに言いました。

事あるごとに泣き被害者ぶるのが毒母の特徴です。

この罠によって、わたしはとてつもなく罪悪感を植えつけられました。

「人に言えないようなことをされた」の内容は言いませんでした。

そうやって、母親が毒父の犯罪を一生懸命隠してきたせいで私は繰り返し暴力を受けました。

そんなわたしですが、結婚し子供ができて一緒に喜んだりもしましたが、子供を育てているとトラウマが蘇る頻度が高くなりました。

顔も見たくないほど憎い毒父にちくいち報告しなければ母親が悲しみます。

母親を悲しませるわたしに対して毒父がいつ逆上するかもしれないと常に顔色をうかがい、不安と恐怖を抱えて「しなければいけない」義務というか、無言の圧力というかプレッシャーみたいなものを常に感じでいました。

自分の本音を思い切って伝えた

わたし、絶対許さないから。許そうと思ってると精神的にキツイ。

ずっとそうだった。

謝るのは自由だけど謝られても困る。今更何がしたいの?って感じ

お母さんと連絡すると、もれなく不安が付きまとう。

本当に顔も見たくないくらいキライなのに、今まで頑張ってきたけど、頑張る意味ないよね。

お母さんと連絡してると毒父は「どうして自分だけ連絡がないんだ」とか思ってるんだろうなとか、いつも考える。

今週連絡なくて、精神的に解放された気分ですごく安定してた。

暴力を受けたとき逃げて警察とか病院とか連れて行って守って欲しかったってこと。

お母さん、結局自分と毒父のこと守ってるんだよね。

暴力受けたあとお母さんに「殺されるよ」って言われてあー、もう終わったなっておもった。

離婚して一切関与しなかったらお母さんと連絡してもいいと今は思ってる。

正直に言うけど、殺されるんじゃないかって思って言ってるからね。

動悸が止まらない。

わたしとお母さんがこういうやりとりして、お母さんが泣いて悲しむと「俺の大事な人を悲しませて」って殴り込みに来て長男や長女、なにもできない子供に危害を加える、殺されるんじゃないかって本気でビクビクしてる。

いまでも恐怖なのわかるでしょ。

これは、わたしが実際に母親にLINEで送った文章です。

親から暴力を受けたことがある人ならわかる親に対するこのうえない恐怖感です。

毒父の平和ボケ

次の日は長男の入学式当日でした。

昨日の母親とのやりとりを知ってか知らずか毒父からLINEがきました。

「入学おめでとう。**ちゃんはランドセルが大きく感じた。あれ?ランドセルって*△×■??」

モラハラ毒父からLINEが来ると、いつもさっと読みすぐ消去するので文末は忘れましたが、わたしからの返答をよこすためにわざわざ疑問形で残すという手法を用いることに、毎回苛立ちを感じます。

母親と毒父には、入学式の写真を数枚送りました。

毒父の幸せぶってる感じに毎回気分が悪くなります。

モラハラ毒父の精神的暴力や虐待が原因で何十年も苦しい思いをしているのに、勝手に終わらせてとぼけたようなメールに毎回背筋が凍っていました。

被害者意識が強すぎたわたし

始めのはなしに戻りますが、わたしが義母に聞いたことすらまぼろしだったのか、とすら今となってはおもいます。

義母がもし本当にわたしに言ってないとしたら、私の被害妄想はかなりの重症です。

被害妄想が大きすぎて、思考回路が悪い方向に向かっていく習性のために義母と亀裂が入ったことに違いはありません。

私が育った機能不全家庭の問題に義母を巻き込んでしまって本当に申し訳ない罪悪感の気持ちでいっぱいになりました。

母親や毒父が期待しているような振る舞いをするのに疲れたのです。

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