スポンサーリンク

モラハラ被害者は加害者の暴力・虐待を隠ぺい協力する共犯者

モラハラにとって、被害者はどういう存在なのかというと、要はモラハラの言動を許すための吸収剤に他なり、モラハラが行う精神的暴力や虐待をすべて吸収していかなければいけません。

要は、虐待の秘密を家族で共有し、「隠ぺい」する共犯者にならなければいけません。

そのためにも、被害者をモラハラの完全な支配下に置きコントロールするということがとても重要なのです。

虐待の実態を「世間にバレないように必死で隠す」というのが、モラハラの大きな課題でもあります。

虐待を「なかったことにする」ことがモラハラにとって超重要

モラハラは、子どもや配偶者を虐待しますが「虐待をすること」と、同じくらい重要なのが「虐待を無かったことにする」ということが非常に重要なことです。

モラハラは虐待して家族を奴隷扱いしなければ生きていけません。

しかし自分のしていることが虐待だと自覚しても生きていけません。

誰から見ても「この人は虐待を行うような人ではない」と思わせることを徹底しなければいけないのです。

モラハラというのは、このように恐ろしく矛盾していることを、被害者にすりこみ無理やり成立させます。

被害者がモラハラの共犯者になるようコントロールされている

虐待を受ける被害者は心身ともに深い傷を負っています。

本来なら完全犯罪なのですが、じゃあなぜ虐待を行う人間がのうのうと人並みの生活しているのかというと、

被害者が虐待の「隠ぺい」に協力しているからです。

モラハラは被害者が、外部に対して当然「隠ぺいする」と確信していないと、そもそもの虐待をすることができません。

「絶対に外部に漏らさない」という条件のもと、本来良い意味の家族の信頼を悪利用し、垢の他人ではなく信頼するべき家庭内でおこなわれるのです。

垢の他人なら、とっくに逮捕され刑務所行きです。

モラハラは見抜いた上で虐待を行っているのです。

卑怯な手口ですよね。

こうやって、被害者は虐待を受け、深い傷を何度も負います。

虐待を隠蔽するために被害者をコントロールする手口

虐待を隠蔽するためにモラハラがどうするかというと

被害者が「虐待に耐え、我慢し、だれにも漏らさない」子どもや配偶者になるか日常で嫌がらせとその反応を見て判断します。

そのためのターゲットは自分よりも立場が完全に弱い立場の人間であることが必須です。

具体的には被害者が嫌がること、これをやったら、いったら相手は不快な思いをするだろう・怒るだろうことを、自分のストレスのはけ口として嫌がらせやののしりのジョブを繰り返します。

その時の被害者の反撃してこない様子を確認すると共に、いたぶりあざ笑って被害者の怒りをわざと膨張させます。

それ以外に

・外部の人にそれを報告する勇気があるか
・恥じる性格かどうか
・家族の秘密は守るという信念を持っているか

などをモラハラは察知します。

それでも恐怖に怯えて反撃できない被害者を「こいつは完全に奴隷だ」という確証を得ます。

モラハラ被害者になるような人というのは、モラハラを受ける受けない以前に、外部に身内の恥を明らかにすることを恥じるような性格の人が大半です。

実際わたしは自分がされる虐待が恥ずかしくて、自分の親がこんなクズ同様の親であることがとても恥ずかしく、誰にも言えないことが悩みでもありました。

被害者が外部に漏らさないようにするために

・被害者に非があることをわからせる
・モラハラの言動が正しい

こういったことの「マインドコントロール」「洗脳」を欠かせません。

わたしはすっかり、モラハラにコントロールされている人格が形成されました。

※こちらアダルトチルドレンの記憶を振り返ってみるも参考にしてください。

毒母がモラハラの共犯者だったから虐待が加速した

きっと、母親がまともな人間だったらわたしはこれほどまでに長い間苦痛を味わうことはなかっただろうとおもいます。

毒母はモラハラ毒父にとっては完全に奴隷化していたので、

「虐待だろうがなんだろうが、何をやっても許される」環境でした。

そうやって、モラハラと毒母は、「協力して」家庭内での虐待を隠ぺいしているような関係になり、

モラハラの虐待に対して子どもに謝罪をさせ、罪悪感をすりこませました。

このような環境で子どもが健やかに育つわけがありませんよね。

※モラハラ回避術はモラハラ対処法「相手にしない」が鉄則なワケも記事を参考にしてください。

配偶者間であろうと親子間であろうとモラハラからは「逃げるべし!」

被害者は、モラハラの環境に対応しとうと必死で頑張ります。

とくに、子どもは親に頼るしか方法がないので、自力で抜け出すことはほぼ不可能なのでひたすら耐えるしか方法が見つかりません。

だけど、そもそもモラハラに耐える必要ってありますか?

わたしは、モラハラの奴隷になるような悲惨な一生を送るより、自分の明るい未来のために一刻も早くモラハラから逃げるべきだと思います。

これは配偶者間であろうと親子間であろうと同じです。

精神的暴力や虐待を受けてまで、後ろめたい気持ちになるということは、それだけモラハラが罪悪感をすり込ませてきた証拠です。

例え配偶者間であろうと親子間であろうと、一人の人間として切り離して考えてみてください。

精神的暴力や虐待などの異常なことをやってのける人間と一緒にいる必要はありませんよね。

被害者は、加害者と同じ道を歩くことになります。

人生は一度しかありません。

自分の人生を誰にも支配されることなく、自分で掴みましょう。