自己愛性人格障害であるモラハラ毒父は家族を容赦なく家庭内で精神的暴力・虐待を繰り返し、自分を守るためなら家族を容赦なく傷つけたり利用することになんの罪悪感も感じません。
・子どもの意思を全く尊重せず自分の思い通りにコントロールする
すべては「モラハラ毒父自身のため」であり、子どものためではありません。
モラハラ王国ではモラハラ毒父が偉大なる人であたかも世界の中心に自分がいるような強引な振る舞いです。
子どもは自分の役に立って当然と思っていたり、子どもを自分の「モノ」のように扱う毒親は、自己愛性人格障害者であるという可能性が高いです。
「子どもは見せかけの幸せ家族を演じるための小道具」だとわたしは常に感じていました。
「一人前に家族を持って、一家の大黒柱で頼れる立派な父親である」という見せかけです。
毒親には自己愛性人格障害が多いといわれますが、モラハラ毒父もまさにこれだと決定付ける特徴をまとめていきたいとおもます。
自己愛性人格障害の思い込み
モラハラ毒父は自分の都合で転職を繰り返し、十分な実績がないにも関わらず自分がとても重要な存在であると思い込んでいます。
転職を繰り返す理由も「家族と一緒にいたいから」「子供との時間を増やしたい」などと自分の責任を家族の責任にすり替えるようなことを言います。
「いやいや、違うでしょ。」と思っていても誰もが黙って聞いていました。
モラハラ毒父は自分のことがとても重要な存在で、特別扱いされるべきであるという思い込みをしています。
これは、家族(モラハラ王国の奴隷)の評価とかけ離れていても本人がそのように自分のことを過大評価し自画自賛しています。
モラハラ毒父の意に反するような行動や言動は「てめえ、何様のつもりだ!」と口癖のように激高し暴力を振るい、特別扱いするように強引にコントロールされていました。
自分は周りの人と比べて特別な存在だから、そう扱われるべきだと思っており、現実的に特別扱いされなかったりすると暴力を働き罵りあざ笑いバカにしたりします。
※自己愛性人格者の記事はモラハラ毒父は自己愛性人格障害障害かもしれないも参考にしてください。
他人からの賞賛を絶えず求める
外面だけはニコニコ笑って「優しい父親像」というイメージを保ち、周囲からは「子煩悩で優しいお父さん」などという賞賛を常に求めていました。
また、そのように賞賛されて当然な存在であると思い込んでおり、期待通りの賞賛が得られないと不平不満を抱えまわりのせいにします。
機能不全家族ではモラハラ毒父のことを賞賛するひとがいなかったので余計に自分の事を過大評価し家族を奴隷扱いし、精神的暴力・虐待で痛めつけ、「しつけ」と評し正当化され、責任を負わせ偉大なる自分を保持しました。
人の幸せや成功を嫉む自己愛性人格障害
自己愛性人格障害は、自分が特別であるという思い込みがありますから、まわりの人が成功したり何かいいことがあったりすると、それを妬んだり尋常ではない嫉妬心を掻き立てたりします。
自己愛性人格障害の人は、それをポジティブなモチベーションに変換することができないことを子どもに教えます。
子どもの全てはモラハラ毒父の手の中に握られていて成功させないように、「あれはダメ、これはダメ」とモラハラ毒父に従い結局何も手に入らないというスパイラルに陥ります。
わたしが子供のころに思っていたことは「モラハラ毒父は子どもが楽しいと思うことを喜ばない」ということでした。
だから楽しいと思うことは無いように心がけていましたし、何事も楽しめないわたしになっていました。
どんよりして、子どもがうつ状態でいる方がモラハラ毒父は安心していました。
親に褒められた記憶もありません。
たまに褒めることがあっても妬みがかった言い方でものすごく嘘っぽいのも特徴です。
自己愛性人格障害は共感能力がない
自分を取り囲む人々の意見や感情に寄り添う気持ちが欠陥しています。
要は自分の願望や欲求を真っ先に叶えたいので、他人のことはどうでもいいのです。
視野がとても狭い自己愛性人格障害は、子どもが落ち込んでいたり、憔悴しきっているところに、ズケズケと土足で侵入してきて追い打ちを掛けるように精神的暴力や虐待を行います。
・このようなことをしたら相手は傷つくだろう
ということが全くできません。
その割に自分が傷つくことだけには人一倍敏感です。
・話しても理解が得られない
わたしはこのような環境でうつ状態が続きましたが、それにも全く気づいていませんでした。
自己愛性人格障害は他人のヘルプに気づかないのです。
自己愛性人格障害は自分の非を決して認めない
自分が間違っていることを素直に認められません。
というか間違っていると本気で思っていません。
たとえ、間違っているとわかっていたとしても絶対に認めません。
自分は特別な能力があると思い込んでいますから、自分が間違っているということがあってはならないのです。
自分の非を指摘されたら、相手を屈辱的に非難したり、まったく別の話にすり替えてでもあくまで自分が間違っていないということを主張するために必死です。
自己愛性人格障害者の強いコンプレックス
これらの自己愛性人格障害者の思いやりのない行動の裏には、実は強い劣等感が隠れており、本人は常に不安です。
絶えず他人と比べ、自分でも受け入れることができない大きなコンプレックスを持っています。
人はみな少なからずコンプレックスを持っていますが、それがとても極端なのがこの自己愛性人格障害です。
要するに、相手をコントロールしようとしたり、他者からの賞賛で自分のプライドを保っているというのは、劣等感を隠すための防衛手段でしかないということです。
自己愛性人格障害は自尊心がない
自尊心が高いと、自分を大切にできます。
なにかで失敗してしてしまった、上手にできなかったなど、そういったことがあっても自分を不必要に責めずに、そうゆう自分も受け止めて、自分自身でいたわることができます。
自己愛というのは、失敗する自分なんて認められない、というか自分に失敗なんてあり得ないという思考回路なので、もし失敗しようものなら、それは他者が悪いせいだとことになります。
自己愛性人格障害は自己愛は高いけど、自尊心はありません。
どのような状態、状況であっても、ちゃんと自分で自分を受け入れいたわることができる人は、おのずと他者も大事にすることができます。
それは、自分のために他者があるわけではなく、他者と自分は上手に共存すべき間柄であるということがわかっているからです。
「自分を大切にする」ということは?
・できない自分もいいじゃないかと認める
・自分はこうしたいという自分の気持ちに気づく
ということです。
これができないのが自己愛性人格障害です。
モラハラ毒父は自分のことが可愛いすぎてものすごく自分のことを大事にしていますが、これは自己愛です。
※自尊心を育てたい記事は親に愛情を与えられなかったからすべてを包み込む自分の親になる
も参考にしてください。
自己愛性人格障害と「恥」の関係
自己愛性人格障害は、わたしは「モラハラ毒父に虐待を受けたからトラウマで苦しんでいる」ということをモラハラ毒父に直接言いました。
「虐待」という言葉は「恥」に相当する出来事だったに違いありません。
「恥」をつきつけられたモラハラ毒親は自己愛が強いゆえに歪んだ解釈をし最大限に傷ついたのだと思います。
わたしは精神的暴力・虐待の全責任を背負うかたちで加害者扱いされたのです。
・これ以上虐待という言葉を使われたら偉大なる自分の名誉に傷つく
・子どもの存在が邪魔
絶対に精神的暴力・虐待はあくまで子どもの責任であり、可愛い大事な自分を守るために人間関係からの切り離しというモラハラ手法を用いました。
わたしがいままで言えなかった「虐待」を表出したことで、わたしの存在がモラハラ毒父にとってもはや「恥」なのだろうと思います。
これ以上恥をかかされたら困るとおもい、子どもを切り捨てるという手段を選択したのだと思います。
自己愛性人格障害に「あなたのやっていることは間違っている」と指摘してもこのような結果に終わります。
結果的に自己愛性人格障害に指摘すると
・逆に攻撃してくる
わたしの場合は「攻撃と、血縁関係からの切り離し」でした。
いずれにしてもいい方向にはいきません。
自己愛性人格障害を治そうとしたり、指摘するといったことは全く意味がありません。
あとは自己愛性人格障害はどういった人であるかということを知っておくと精神的負担を減らすことができると思います。
