スポンサーリンク

トラウマと同居する『不安』や『恐怖』を手放したい

不安と恐怖の違いをご存知でしょうか?

不安とは、まだ起きていない未来の出来事を考えて「嫌なことが起こるのでは?」と心が落ち着かない状態のこと。

一方、恐怖とは目の前で起きている脅威に対して起きる反応のことを言います。

今回はこのような不安や恐怖についてとそれらを「手放す」という意味について考えたいとおもいます。

「不安」や「恐怖」を感じることで起こること

不安と恐怖の定義を知ることは不安と恐怖を手放す第一歩になります。

何か嫌な出来事などに遭遇したときに不安や恐怖を感じることは何の問題もありません。

不安や恐怖を感じるのは当前です。

嫌な出来事が起きたとき不安や恐怖が生じるのは正常な反応なのです。

問題なのは、心が不安や恐怖に支配され囚われてしまうことです。

不安や恐怖という感情に心が支配されないために必要なのことは不安や恐怖をコントロールする力です。

不安や恐怖を手放すカギは脳にあった

不安や恐怖をコントロールする鍵は脳にあります。

脳の中には「扁桃体」という部位があり、扁桃体の役割は警報装置です。

自分の生存を脅かす出来事などがあると扁桃体が活動しそれに対応するための身体に変化をもたらせます。

緊張したり、心拍数が上がったり、手が震えたりするのは不安や恐怖を感じる準備段階なのです。

扁桃体はわたしたちに必要不可欠な警報装置なのですが、過剰に活動すると問題が生じます。

扁桃体は不安や恐怖を増幅させる働きがあるからです。

普段から扁桃体が過剰に活動している人は「生存」に関係のないちょっとした出来事でも不安や恐怖を大きく感じてしまう傾向にあります。

つまり不安や恐怖をコントロールするためには扁桃体の活動を弱める必要があるのです。

マインドフルネスは偏桃体の過剰な活動を抑える効果があることが科学的にわかっています。

なのでマインドフルネスを継続することで不安や恐怖をコントロールする能力が手に入るということなのです。

「不安」「恐怖」と戦う

わたしは10代20代はとくにひどいうつを患っていました。

30代で治ったのかといえば、良くなった気がしていましたが、がむしゃらに病気を抱えながらも子育てや仕事をやり、気を紛らわしていたという感じです。

しかし「不安」「恐怖」「違和感」「劣等感」「憔悴感」というものは常に同居していました。

不安や恐怖を手放すということは、このようにがむしゃらに気を紛らわしてやり過ごすということではありません。

やり過ごすことは、その場限りのごまかしであって解決することはありませんし、ふとしたきっかけでトラウマが蘇り心身ともに憔悴していきます。

「不安」「恐怖」を手放した今

今も心の中にもずっとこういった感情がいますが、だいぶ小さくなったかなと思います。

では、なぜ気持ちが楽になったのでしょう。

それは不安や恐怖を「手放したから」です。

長い間「不安」や「恐怖」を手放したいと思っていたけれど、手放すことが怖かったんですよね。

その結果、心が不安や恐怖に支配され囚われてしまい自分の意思や考えはいつもどこかに置き去りにしていました。

「手放す」という言葉と同じような言葉で「失う」がありますが、けっこう同じような感覚で捕えてしまっていると、精神的にしんどくなってきます。

しかし、この「手放す」と「失う」は全く別物です。

・失うとは 目の前から大切なものが消えてしますこと
・手放すとは 必要がないからサヨナラして未来に別の形で繋げること

「手放す」とはどういうこと?

今までの「不安」や「恐怖」に捕らわれて自分自身を生きることができない「過去のトラウマになるような出来事」「違和感」など、前に進むために支障となるマイナスな要素を断捨離して、自分らしく前向きに生きるためのリセットすることが「手放す」ではないでしょうか。

あくまで自分が主語です。自分の意思であるということ。

「不安」「恐怖」「焦燥感」「劣等感」などがあるために自らメンタルブロックをかけて新しいことへとチャレンジすることをためらってしまうんですね。

そのような感情とサヨナラするために自分の手元から切り離すことです。

過去ではなく、これから先の未来をみることが出来るための最初の一歩です。

手放すまでは本当に不安で怖くて足踏みを何度もするでしょう。

しかし悩んだところで事が好転はしません。

手放さなかったら自分の人生は一生捕らわれの身で、ただ大事な時間を浪費していることになるのです。

手放した先にあるもの

手放したと同時にわたしは20年ぶりに絵を描いたりと夢や目標、自分の人生について目を向けられるようになりました。

自分の意思で勇気を持って手放した満足感や自信、解放感、希望など前向きに人生を歩むために「手放す」は必要だったのだと改めておもいました。

手放したことで

  • 「自分がやりたいことはやっていい」
  • 「自分の人生について一から考えてみよう」

など得られる安心感は大きかったです。

手放すことへの恐怖感とか不安、これがなくなったらどうしよう!

っていう絶望に敢えて飛び込むことでその中の安心とか希望を見つけることができました。

手放した先にあるのは本当に満たされた「今わたしはここにいる」という瞬間を味わうプラスの気持ちです。

手に入れるよりも手放す方がずっと難しいと思います。

でも人生では手放さないと前に進めない時があります。

今は断捨離だったりミニマリストという言葉が流行っていますが、「モノ」「事」「人間関係」など、人それぞれ違いはあるとおもいますが、

手放すことがいかに人生を左右するかということを今一度考えることをはとても重要だとおもいます。